Category: 周りの人々


庭の藤が満開だ

2011年 5月 4日 — 12:02pm

2011.05.04.hosoi

 

甘ずっぱい香りを漂わせながら庭の藤が満開だ。20年も前に5月の連休には良く青梅祭りに行ったものだが、駅前に出ていた出店の植木屋で記念に買った野生の小さな藤が、こんなに大きくなり手入れにも手こずるくらいだ。この花が咲く度に、季刊『銀花』の初代編集長だった細井冨貴子女史を思いだす。その頃小松・金沢・高山・神戸・足利など細井さんと旅をしたのだが、青梅にも散在するビッグアーチィストにお会いするために連れて頂いたことがあった。祭りの日には塩野谷博山氏宅も開放されており、誰でも自由に出入りしてお酒なども振る舞われていたものだったが、多分今も変わっていないと思う。今年5月2日・3日に予定されていた青梅大祭は、東日本大震災に思いを寄せ中止となったようだが、新緑に映える青空を細井さんは思いっきり飛び回っていることだろう・・・。

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気分転換

2011年 4月 21日 — 4:39pm

2011.4.20.K

 

昨日は久しぶりに目黒・庭園美術館横の『茶酒』のテラスで、気持ちよい風に吹かれながら大先輩とランチしながらの談笑。毎冬一度は風邪を引いていて、用心深く人混みを避け遠出を控えていたため、冬眠から出て来たカエルのように恐る恐る娑婆に出た感じ。駅々ではストの時のように薄暗く、節電でエスカレーターは全部ストップだったが、運動不足だったので歩け歩け。話題は大震災や原発、今はまっているTwitterやiPhoneアプリの話など事かかず、久々に愉しい時間を過ごさせて頂いた。後ろを振り返らない先達の、前向きでかつ達観した人生観に大いに励まされ、少し弱気になりつあった長い冬を超えた実感を持てて、良い気分転換になった。感謝拝!

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散る桜

2011年 4月 12日 — 11:27am
詩集『残る桜』 能芝 隆著 思潮社 2002年 絵:渡辺信喜

詩集『残る桜』 能芝 隆著 思潮社 2002年 絵:渡辺信喜

 

◉大震災から1ヶ月が過ぎ、なを余震で揺れる続ける日本列島。放射線汚染ではドサグサ紛れにチェルノブイリと同じレベル7に引き上げられた。これでは最悪のシナリオになるのではないかと、不安で夜も落ち着いて寝られない日々ではある。昨日の大震災に亡くなられた方々への黙祷中に、此の地では天のイカズチもゴロゴロと叫んだー黙祷くらいで彼の魂は鎮まるものかと・・・。そして桜が舞っている。

◉桜が散る頃になると、能芝隆が遺した詩集『残る桜』を思い出さずにはいられない。死期を悟った能芝から私に託された遺言書でもあったが、毎年春になると嫌でも思いだす。残された者との見事な再会装置でもあったのだ。

 

残る桜(一)        残る桜(二)

花冷えの          さんざめく

しだれの枝に        露を着て咲く

つたい落つ         残り桜(はな)

か細き雨の         はなの香は夢

もろもろの夢        夢はひとの香

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寒中見舞い

2011年 1月 22日 — 12:41pm
「七夕の夜」有元利夫 1984年

「七夕の夜」有元利夫 1984年


先日、友人から寒中見舞いをいただいた。
宇宙を軽々とわしづかみにした人物の絵を見て
一瞬で救われた気がした。
大好きな有元利夫氏(1946~1985)の「七夕の夜」の油彩画であった。
私と同じ年に生まれながら38歳の若さで26年前に
肝臓がんでこの世から忽然といなくなった。
当時、その唐突な訃報で美術界や出版界は悄然とし、
悲しい空気感に包まれたのを今も覚えている。
そして今、言葉にならない異様な嘔吐感で朦朧とした頭に
バロックを奏でながら悠然と浮遊している。

先日、友人から寒中見舞いをいただいた。

宇宙を軽々とわしづかみにした人物を見て

一瞬で救われた気がした。

大好きな有元利夫氏(1946~1985)の「七夕の夜」の絵であった。

私と同じ年に生まれながら38歳の若さで26年前に

肝臓がんでこの世から忽然といなくなった。

当時、その唐突な訃報で美術界や出版界は悄然とし、

悲しい空気感に包まれたのを今も覚えている。

そして今、異様な嘔吐感で朦朧とした頭に

彼はバロックを奏でながら悠然と浮遊している。

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